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札幌開発センターメンバー座談会 札幌開発センターメンバー座談会

SSTの独自技術 TrustSoundは
どうやって生まれたのか?

SST独自の音波通信技術「TrustSound」。世界的にみても類似のものが少ないこの技術は、まさにSSTならではといえるチームの環境・カルチャーによって生まれました。誕生から10年を迎えたタイミングで、TrustSoundの歴史を開発メンバーに振り返ってもらいました。ちょっと長いですが、メンバーそれぞれの関係性や話の顛末を読んでいただくいことで、わたしたちSSTのカルチャーや職場の雰囲気、SSTでの仕事の進み方などにについてリアルに感じていただけるのではと思います。

参加したひと

  • 難波 弘行執行役員

    音波通信技術開発の
    取りまとめ役。えらい。

  • 池田 研一ハードウェア開発部

    天才と言われている。

  • 櫻井 博志ソフトウェア開発部

    職人と言われている。

  • 神原 心平アプリケーション開発部

    速いと言われている。

  • 丹波 織恩ハードウェア開発部

    音波通信の未来を
    担っている。

スマートフォンの登場でうまれた
思わぬ「穴」が開発のきっかけ

音波通信技術を開発するというプロジェクトは、いつ始まったんでしょうか?

なんば

2010年頃だったと思います。
経緯としては、当時すでにピットタッチシリーズを作っていたわけですが、当時の携帯電話=今で言う「ガラケー」にはFeliCaという無線通信技術が搭載されていて、「おサイフケータイ」と呼ばれていました。ピットタッチを使った打刻もFeliCaでの無線通信で使われることが多かったのですが、そこにiPhoneが出てきたんですね(iPhoneの日本発売開始は2008年)。「ガラケー」はほとんどの機種でFeliCaで通信ができていたものが、とつぜんスマートフォンの世界に変わったことで、FeliCaが全くつかえなくなってしまったんです。
で、正直に言えばそのFeliCaの穴を埋めるため「苦し紛れに」音による通信を開発しだした、というところが始まりです(笑)。

今はいないメンバーが音の設計をして、それをアプリに実装したのが須釜(座談会は不参加)と神原です。
そのあとの設計は池田がずっと行っています。そこに櫻井、丹波が加わったという形ですね。
体制としては、通信のための「音の設計」をすること、それを実際の機器で使えるように「実装」する、いう2つの業務が必要になります。

なるほど。まず「音の設計」という部分ですが、具体的にはどういうことをするんでしょうか?

いけだ

音そのものはデジタル技術ではなくて「物理現象」ですよね。この「音」が、それを発する機器から受信側の機器に届くまでには、音の減衰であったり、反射であったり、無関係なノイズとまざってしまうことだったりが発生するわけです。そういったさまざまな「横槍が入る」環境においてもきちんとデータとして解析可能な状態で届くための音の設計…どの帯域(音の高さ)にどんな形で「データとしての音」を表現するか…みたいなことを、勘で…「仮説」とも言いますけど(笑)、を頼りにいろいろと試行錯誤してデザインしています。

音波通信がほかの通信と違って面白いのは、「完全に自由な世界である」というところですね。電波を使った通信の場合、どんな帯域を使うか、どんな変調方法を使うか、どんな部品で電波を発するか、などなど、あらゆることに法律その他のルールがあるのですが、音波通信に関してはそういったルールや規制が現状まったくないんです。なので、音そのもののデザイン、それをどうやって発するのか、受信した音をどうやってデータにするのか…すべてのプロセスを、完全に自由な状態で考えて作れるんです。

音波通信自体は少ないながら他社でもやっているところがありますが、共通したプロトコルなどは…?

いけだ

ないんです。

なんば

逆に大変な部分については話さなくていいの?(笑)

かんばら

反射や減衰の影響が非常に大きいということや、音が人間の耳に聴こえたほうがいいか、もしくは聴こえない音のほうが都合がいいか?、どの程度遠くまで届けるか?といったことを考える必要があったりするのが電波と比べて難しい部分かもしれませんね。あとは波そのものが電波より遅いので、ソフトウェアの処理と組み合わせた時に快適な使用感を保つ努力が必要です。また、すべての用途をまかなえる1種類のデザインというのは現状なくて、用途や使用する機器に応じて違うデザインや実装が必要になっています。

いけだ

そうですね。「この場面では速度は犠牲にしながら、そのぶんデータ受信の精度をかなり高くしよう」とか「素早く通信できること優先して、そのぶん音が届く距離は短くてもいい」とかね。その辺をうまいことこう…勘で…。

一同

あくまでも勘(笑)。

さくらい

自由である反面、先行研究事例が少ないというのもありますよね。池田さん、電波通信の論文とか参考にしたりしてませんでした?

いけだ

反射した波が干渉し合う状況なんかは電波と似ているので、そのへんの対処法については参考にしましたね。変調方式とか、ノイズへの対処についてはなどは電波のほうは確立されたものがあるんですが、音には全くなかったので、そのへんはゼロから積み上げていきました。

バックグラウンドはバラバラ。
「面白そう」だから、あつまった

「データ通信」のためとはいえ、デジタルだけでない、アナログな物理のスキルがかなり必要になってくるわけですね。池田さんはもともとそういう音響物理学的なバックグラウンドがあってこのプロジェクトに参加することになったんですか?

いけだ

物理学科卒ではあるんですけど、やっていたことは音とは全然関係ないですね。(開発に参加したのは)ただ面白そうだったから、という…(笑)
あたらしく物を作るのが好きなので、参加したということですね。
なんでも作るのが好きなんですよ。

さくらい

池田さん、ストーブのスイッチつける機械とか作ってましたよね?あれってどういう…。

いけだ

あれはですね…あ、でもその話すると今日の時間全部使っちゃうので…。

(笑)。音の話にもどりましょうか。

なんば

丹波くんは今何してるんだっけ?

たんば

僕はですね…(スマホ以外の)機器で音を受け取った時のデコード、音をデータに変換する作業ですね、その方式を新しくするということをしました。以前の方法だと処理の負荷が重いという課題があったので、これまで採用してこなかったフィルターのアルゴリズムを導入してデコード処理を軽くする、というものです。

そういえば丹波さんも、大学では物理系の勉強をしていたんでしたよね?
池田さん丹波さんがどちらも物理系というのはなにか関連あるんでしょうか?

いけだ

いや、私は物理の世界でも「実験系」というほうで、いろんな器具を使って実験をしていたんですけど、その実験器具を作るのが好きでして…旋盤とか(笑)。実験そのものより道具作りのほうに惹かれてしまっていたようなところがありますね。先生からも重宝がられてました。

たんば

僕のほうは「理論系」でした。素粒子とかそういうことについて日々計算をする…ペンと紙だったりパソコンで検算したり…みたいなことで、今音でやっていることとは全く違うフィールドですね。

櫻井さんは?

さくらい

私は物理よりちょっとランクが下の、応用物理です。

一同

ランクが下とかないでしょ(笑)

ということは物理チーム(笑)で3人もいるんですね。

さくらい

そうなんです…たまたまなんですけどね。私がやっていたのは、脳を、インプットとアウトプットがある「系(または装置)」と見立てて、なにをインプットするとどんなアウトプットが得られるのか?というようなことを研究していました。
音は…関係なかったですね(笑)。ただそのとき、脳のふるまいをシミュレーションするのに100万円以上するようなワークステーション型のコンピュータを使っていたんですが、ある時同じ計算をふつうのパソコンでやってみたら、WSと同じ結果をずっと速く出力したんですよ。

にわかには信じられなかったんですが何度やっても同じ結果になりまして。ハードのスペックが高くなくても、ソフトウェア部分をうまく作ればこんなに性能があがるのかと。そこで、PCって面白いな、もうWSの時代じゃないのかも…と思ったのがIT系の仕事を選んだきっかけのひとつにはなっています。

神原さんは?

かんばら

私はですね、文学部でした。

えええっ!?

一同

強烈に違うなー(笑)

かんばら

文学部で社会心理学、行動科学っていうものを勉強していました。なのでSST入社時はC言語もなにも、全くわからなかったですよ。
コンピューターはもともと好きだったんですけどね。でも学校で学ぶなら、UIのこと考えたりするならコンピュータを使うほう=人間とのコミュニケーションについて勉強するほうがいいんじゃないかと…。

さくらい

えっ、コンピューターをやるんだというつもりがすでにあって、それを見越して学部選びをしたっていうこと?

かんばら

そうですそうです。コンピュータに直接関わるような知識は、好きであれば自然に取り掛かれるだろうから、その周りの部分を学校で、という…。

一同

すごいな!(笑)

かんばら

そのぶん?微積分とかはあんまりできないんですけどね(笑)。まあ、そっちが得意なモンスターのみなさんがたくさんいるので…。

なんば

そのモンスターたちから返ってきた「答え」をすごいスピードで実装して製品化してくれるのが神原さんです(笑)。

技術の改良に「終わり」はない

時系列で思い出してもらいましょう。
最初の最初はどうだったんですか。結構すんなり開発できたんですか。

かんばら

すんなり、ではなかったですね。当初のミッションは、とても短いデータ…PINコードのような、
4桁の数字を送受信するというようなものでした。で、設計した音も「ピンポーン」じゃないですけど「普通の効果音」みたいなもので。送受信する機器を置いた状態で実験してみると大丈夫そうだったのですが、実際にスマートフォンに入れて、動かしながらとか、周りにノイズがある環境でやってみるとうまく受信できませんでした。
そこで、うまく音がデータとして読めなかった場合にエラー訂正ができるようにしよう、しかしそうするとどんどん音=データが長くなってしまう…みたいなことが最初にぶち当たった問題でした。発する音の質感も、「耳障りのいいきれいな音」なんて言ってられないな…とか。私は実装担当なので「もっと短い音でできるように音の設計を直してくれ」といったことを音の設計側に要望したりしていたのを覚えています。今も同じこと言ってますけど(笑)。
当時はスマートフォンのスペックが今とは全然違っていて、特にCPUの性能が低かったので、受け取った音を処理するための計算をたくさんしなければならないと、CPUに負荷がかかりすぎてスマートフォンが熱くなってしまったりもしていましたね。

なんば

音波通信だけでCPUの100%を使い切ってしまったり。スマートフォンの場合、バックグラウンドでは音波通信とは無関係な別の処理もしなければならないわけですから、いかに処理負荷を軽くしてスマホとしてふつうに使える状態を保つか…とかそんなことをしていました。

製品として世に出るまではどのくらい時間が必要だったんでしょうか?

かんばら

やろう!となってからちょうど1年くらいで「SSTouch」というアプリの形で製品化しました。ピットタッチにアプリをかざすことでURLを取得する、というものです。思い出してみると信じられないくらいのスピードですけど、なんとかできたんです。その後、さらに半年くらいでZeetle CS(音波通信でデータの交換をしたり、ショップカードとして使えるサービス。詳しくはこちら)をリリースしました。iPhone以来のスマートフォン普及の勢いがすごかったので、こちらも必死でしたね。

独自技術を新規開発して製品化するというミッションとしては異例のスピード感だと思いますが、
その後、現在に至るまではどういったチャレンジが続いているんでしょうか?

なんば

SSTouchとZeetle CSリリースの後、「機器にかざす」ではなく、「お店の中にさえいれば通信できる」くらいに通信可能距離を伸ばして欲しい、という要望をいただいたんです。入店チェックインに使いたいとのことでした。具体的には、それまで数cmだった通信距離を3メートルくらいに拡大する必要があって、そこから池田くんが開発に加わっています。

いけだ

音波通信の次のバージョンを作るのに苦労している…というような話を社内で聞きつけまして、面白そうだなと思ったので自分でも考えてみてアイディアをちょこちょこ伝えてみたら「じゃあ池田くんよろしく」みたいなことになって…。

一同

(笑)。

なんば

はじめは「音を遠くに届ける」のがミッションだと思っていたので、機器を外に持ち出して
「何メートルまで通信できるか?」なんてやっていたんです。すると意外と数メートル先までちゃんと通信できる。でも、それを室内でやると途端にうまくいかなくなる。つまり問題は距離ではなく、壁や天井があることによる「音の反射」なのだということが判ったんですね。

いけだ

そこで、反射音が混ざってもデータが取れるような音、ということで根本的に設計を変えました。さらに、音波での通信を一方向ではなく双方向でストレスなく行わせるには受信のスピードをかなり速めないといけない…ということで、考えることがどんどん複雑になってきました。このあたりから私にとっても「本格的な業務」として取り組むようになりました。

そのあとチームに加わったのが、櫻井さん?

さくらい

そうです。はじめは音波通信を使うアプリのAndroid版開発だったので、音波通信そのものと関わっていたわけではなかったんですが、TrustSound Sigmaの商品化にあたって、スマートフォンと比べて非力なSigmaのCPUでは取り込んだ音のデータ化処理がうまくできないという問題が発生したんですね。そこで、それまでよりもさらに軽い負荷で処理をする方式を開発する、ということで本格的に関わりはじめました。

なんば

スマートフォンのCPUがどんどん高性能になって喜んでいたのも束の間、開発スタート当時のスマートフォンのCPUより、さらに非力なCPUでも動くようにしなければ…という、逆戻り現象が起こったわけです。

さきほどのWSのお話と似てますね。
より非力なハードでどうパフォーマンスを出すか、というのが櫻井さんに降ってきたと。

さくらい

言われてみればそうですね(笑)。「音はこの仕様、使っていいのはこのCPU、これでうまくいくようにがんばって!」という相当な無茶振りでした。当時でてきたミニコンピュータ、Raspberry PiのCPUより非力なやつですよ…そうしたら、どう考えてもできるとは思えなかったんですが…なんとか…できちゃった(笑)。

なんば

ということで、こういう無茶は職人櫻井くんに頼めばいいということがわかりました(笑)。

さくらい

いまはその流れを丹波くんが引き継いで、どんどんチューニングしてくれています。

たんば

僕は、製品名で言うと「TrustSoundコネクト」ーーーもともと音波通信を想定して作られたわけではないような機器にも、一定の部材が組み込まれている場合はソフトウェアからのアプローチで音波通信機能を後付けで実装できる、というものですが、そういう機器が持っているマイクとかCPUは、Sigmaのものよりもさらに非力である場合がほとんどなので、とにかく処理を軽く、プログラムを小さく、というのをやっています。

なんば

本当に詰めたところですよ。アルゴリズムは同じだけど処理の順番を変えたら速くなった!とか。何バイトだけ軽くなった!とか。

SST = コンパクトな組織×多様なスキル

これでチーム全員の役割がわかりました。ちなみに、音波通信開発チームは、部署ではないんですよね?

なんば

部署でもないし、プロジェクトですらないんですよ。皆それそれ製品部(ハードウェア開発)だったり、ソフトウェア開発部だったりとバラバラです。音波通信の技術はSSTのあらゆる製品に取り入れられているので、それぞれの製品やサービスにおいて「音の部分」で何かしなくては、となった時にこのメンバーが集まってくるようなイメージですね。

プロジェクトですらないと。じゃあ開発のすすめかたも、
難波さんから司令が来て、ここからここまでをいつまでに…みたいな形ではないんでしょうか。

なんば

ないですね。今日の会話みたいな感じです、誰かしらが何か思いついて話が盛り上がっていくように、自然発生的に(笑)進んでいきます。
以前、Zeetle CSの通信制度についてSNSに不満が書き込まれたことがあったんですが、その時は全員すごい集中力で対処してましたね(笑)。それこそ何の指示もせずの状態で各々が「うおーー!」という感じで。あっというまに修正できました。

かんばら

みんな悔しかったんでしょうね(笑)。

部署でもなくプロジェクトですらないゆるやかな繋がりのなかで、
会社の個性を左右するような独自技術が生まれ磨かれ続けている、というのはかなり不思議というか…
あまりよそでは聞かないように思いますが、SSTという組織はほかのIT企業とはかなり違うんでしょうか?

なんば

大きい会社だと、ハード部門、サーバー部門…とそれぞれが大きいので部門ごとに部屋が別、場合によってはオフィスの場所ごと別だったりしますからね。個々人の業務も、それぞれの部門のスペシャリストとして長期間同じことをするというケースは多いのだと思います。またベンチャー企業みたいな小さい組織だと、アプリ開発をメインにしていてハードウェアは外部にお願いしている、と言った感じで会社全体がどこかにフォーカスしていたりしますよね。SSTは、規模は小さいのにサーバー、アプリ、ファームウェア、ハード…とすべて自社で作っている点が珍しいと思います。サーバー開発者のすぐ後ろではハード開発者がなにやらハンダ付けしている…みたいなことは、あまり普通じゃないかもしれませんね(笑)。でもその距離感だからこそ音波通信が生まれたわけです。お互いの状況を勝手に覗きに行って(笑)、興味のある人が集まってきたらそれぞれに違った強みがあることがわかって、それを活かして新しいものを楽しく作っていける、というのはSSTならではだと思います。

さくらい

IT系のなかでも自由度が高いんじゃないかと思いますね。勉強会なんかも自然発生的に開催されてますし。

部署ごとに勉強会が発生するんですか?

さくらい

部署ごとのときもあるし、部署関係ないものもありますよ。参加は自由です。
あ、でもこの前サーバー部門も勉強会をしてると聞いたので、どんな内容なのか聞いてみたら「先に言うとみんな集まってきちゃってその日の発表者が緊張するから、終わるまで内緒」って言われました(笑)。

SSTは、すごく風通しが良くて、でもちょっとシャイだったりもするわけですね。

一同

そうですね(笑)。

座談会:おわり